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    2004/12/15〜12/21



クリスマスカラーに染まった12月のヨーロッパの町は美しい。キリスト教でもなく信仰心のない者にもイベントが近づいている雰囲気が伝わってくる。

7〜8年前になるだろうかクリスマスシーズンのシャンゼリゼ通り(パリ)に立った。煌々と輝くイルミネーションの洪水に息を呑まれるようにして見蕩れた。イルミネーションとクリスマスの飾りつけをされた街並みはクリスマスのイベント一色で絵葉書で見る光景そのものであった。歩き疲れたら通りに面したカフェに入り、道行く人を眺めながら一休みした。陽が落ちると人や建物もイルミネーションを浴びて光と影のコントラストが際立ってくる。想い出すとソワソワして色めきたつのです。残像が投影される。機会があったらもう一度クリマスシーズンのヨーロッパに行ってみたいと願っていた。

10月の初め新聞の旅行広告が目に留まった。ドイツクリスマスの旅である。にわかにその気になって友人4人と急遽話がまとまった。

12月も半ばになって、主婦であり、師走というのにドイツのメルヘンクリスマスの旅(6泊7日)のツアーに参加することになった。

1216日このツアー最終日出発に参加したが、九州各地から34人集まり、メンバーは1歳半の乳児から70過ぎの人まで殆ど女性である。

ドイツの最も重要な歳時はクリスマスだといわれる。

12月25日のクリスマスのクライマックスに向かう4週間をdvent(アドベント)=待降節と呼ばれている。クリスマスを迎える準備期間のことで、ドイツの人々にとって喜びに溢れる4週間である。ドイツクリスマスの特色は、この期間に各街の教会、市庁舎のあるマルクト広場に市が立ち、屋台が出る。このクリスマスマーケットに惹かれた。光り輝くメルヘン世界のクリスマスタイムのこの時期に旅行しない手はない。気も逸った。今回の旅行の目的はクリスマスを待ち望む雰囲気に包まれた南ドイツ地方のクリスマスマーケットを見物することである。とりわけ有名な「シュトゥットガルト」と「ニュールンベルク」のマーケットを訪ねることにした。

1
12/15(水)
鹿児島→関西空港           (空港内・日航ホテルに前泊)
2
12/16(木)
11:15 関空発[オーストリア航空]でウイーンへ
ウイーン乗り継ぎフランクフルトへ        (ハイデルベルグ近郊泊)
3
12/17(金)
ハイデルベルグ城見学、シュトゥットガルト・クリスマスマーケット散策
                            (シュトゥットガルト泊)
4
12/18(土)
シュトゥットガルト観光、ノイシュバンシュタイン城観光
                            (ネルトリンゲン泊)
5
12/19(日)
ローテンブルグ・クリスマスマーケット見物、ヴュルツブルグの世界遺産【レジデンツ】見学
ニュールンベルクのクリスマスマーケット散策       (ニュールンベルグ泊)
6
12/20(月)
11:15フランクフルト[オーストリア航空]でウイーン経由で帰国へ
7 12/21(火) 関空着→鹿児島へ

1日目 (関空内のホテルに前泊)


2日目 (出発〜ハイデルベルグ)

関空を飛び立って5〜6時間経過した頃である。外を見ると雲の際(きわ)の上に布を敷いたような茜色が帯状になって続いている。雲、茜色、青空が3層になって同じような状態が1〜2時間続いた。茜色が消え、やがて雲の上に陽が頭を出し昇り、その陽は光を流したようにふんわりした雲を染めファンタスチックな光景である。陽は雲から出たり沈んだりしながら流れていく。自然のあやなす陽と雲の絡みを機上から飽くことなく眺めていた。地上から見る陽と違い、天空からの眺めは妖しい幻想の世界へ吸い込まれていくようであった。

イヤホンで聴くいろいろな国のクリスマスキャロルは、メルヘンの世界への誘いとその前奏曲のように聞こえた。これから訪ねるクリスマスマーケットの街を想い描いていた。飛行時間は12時間要したがドイツとの時差が8時間ある。現地時間の午後4時過ぎにウイーンに着いた。ウイーンでトランジットしてフランクフルトへ着くのは夜9時半ごろである。乗り継ぎまでの時間を利用してサンドイッチで腹ごしらえして一休みした。免税店を覗いて土産の物色もした。

フランクフルトへは30分遅れで飛び立った。運航図を見ていたが途中で機首が逆向きになって前進しない。天候が悪くて引き返すのだろうか?また前進し始めほっとしたらもう一度バックした。右隣席の友人は“かからんねこと(「とんでもない」の意の方言)になった”と声を上げる。私も笑いを堪えているが様子がわからず不安になってきた。機内は静かである。途中ドイツ語と英語のアナウンスはあったが英語を部分的に聞き取れるだけである。15分後に「フランクフルト」へランディングと聞いたが、着陸した時は思わず万歳と声に出た。左隣のキャリアウーマンらしい外人女性に“心配しました”と言ったら“me too と。ナミビアに行く予定で、遅れて今日はフライト便がないので空港がベッドだと言っていた。彼女は無事目的地に着いただろうか。飛行機に乗ってこんなにヒヤリとしたおもいは初めてのことである。結局この日ホテルに到着したのはミッドナイトの12時になった。

翌日の添乗員の話では、ロシアで急病人が出てヨーロッパのフライトが混乱して遅れが出たということであった。


ドイツは1990年東西統一後16の州で成り立っている連邦国家である。
今回のドイツ旅行は南部の町である。
ドイツの概要を述べよう。
人口  人口8000万人
 平均寿命・・・男性65歳、女性82歳
面積  357000ku、日本のほうが広い、国土は豊かな森。
 ライン川の水上運送は国防の要。
気候  北海道の気候に似ている。
 北は北海とバルト海に面し、暖流のため暖かい。南部は山脈が近いため寒い。
 雪も南部が多く、中部以北はあまり降らない。
食生活  ドイツの食事はよく「朝は皇帝のように、昼は王様のように、夜は乞食のように」といわれる。

 ドイツ料理・・・ポテト、ソーセージ、ザワークラウト(酢キャベツ)を思いつく。
 ドイツ人の食事は質素で、手間のかからないものが多い。外食の習慣はあまりない。
 ウイークエンドはハンドメイドの食事やデザートを作る。

 朝・・・丸いパンにチーズ・ハムを挟んで食べる。コーヒーor紅茶。
 昼・・・スープ、肉か魚。温かいもの時間をかけてゆっくり食べる。
 夜・・・冷たい食事。パン、チーズにビール。

 家庭料理で愛情たっぷりで、ふくよかな体型の人が多い。塩分の強い食事で高血圧が多い。

 ビールとの相性がいいというが男性の平均寿命が短いのも塩分の摂り過ぎにありそう。

 ビールを大量に飲むとナトリウムが不足するので塩味がほしくなるらしい。

 ビールの消費量は日本の7倍。
通貨  ユーロへ移行してから初めてのヨーロッパ旅行で、通貨の単位がわかりやすく計算しやすかった。

 硬貨は片面の絵柄が国により異なるが同じ額面ならどの絵柄でも使える。

 額面を見てどこの国のユーロ硬貨か確かめることも楽しかった。

3日目 (ハイデルベルグ〜シュトゥットガルト)

前夜遅く着いたにも拘らずハイデルベルグ市郊外に宿泊したので日程の都合上ホテルを8時出発。空は曇って天気はよろしくない。傘を携行する。

ハイデルベルグは古城街道沿いの街で、ライン川の支流であるネッカー川に沿って古く美しい街並みが続く。古城街道は東西冷戦終結後の1994年マンハイムからチェコのプラハまで延長されたという。5年前東欧旅行でプラハに行ったが当時は知らずにいた。いろいろなルートがあることを想う。そういえばその時チェコからオーストリア領に入るのに一旦ドイツに入国してオーストリアのザルツブルグへ入ったことを思い出した。チェコで原子力開発反対の労働ストライキがあってチェコ・オーストリアの国境が封鎖された。そのため最短ルートが取れなくなりドイツへ迂回してオーストリア領へ入国した。

中世期は川は重要な交通手段で、川を使っての輸送、物資の往来による通行税を得ていた。その利権を競って川沿いに城を建てた。ライン川やネッカー川沿いに城が多いことも納得がいく。

ハイデルベルグ城は市街地から15分ぐらいの丘の上にあった。丘の途中にケーブルカーもあるがバスと徒歩でのぼった。朝霧がかかったようで外気も冷たい。

ひとつの城というより、城壁と塔と庭園、代々の選帝侯が中庭を囲むように建てた城館の集合体とでもいうべき城である。

ハイデルベルグ城は殆んど廃きょ。一般入場できるのは中庭と庭園、旧市街地の眺めがすばらしいフリードリヒ館裏手のバルコニー、地下に世界最大規模、22万キロリットルのワインの大樽などである。一部修復しているが傷みが激しい。

城のバルコニーから眺める旧市街、カール・テオドール橋の景色は美しく1枚の絵画のよう。

ハイデルブルク旧市街&カール・テオドール橋 丘に聳え立つハイデルベルク城
            カール・テオドール橋の橋門        ハイデルブルクのクリスマスマーケット
シュトゥットガルトのクリスマスマーケット〜
趣向を凝らした屋根飾りがロマンティックで美しい!!

クリスマスグッズが所狭しと並べられている・・・見て周るだけでも楽しい
テディベアの名門、「シュタイフ博物館」で。

城の名称

ドイツ語でお城を意味する言葉は、ブルグ(Burg)、シュロス(Schloss)、レジデンツ(Residenz)の3種類。

ブルグは、古い時代の戦闘時の防御用の城を指し、住居として建てられた城をシュロスと呼ぶことが多い。レジデンツは17〜18世紀以降に市街地に建てられた大宮殿のことをいう。

ハイデルベルグ城を見学してネッカー川に架かるカール・テオドール橋の袂へ下った。橋門などを見て橋の中ほどに立った。ハイデルベルグ城は中世の面影を残し城内は朽ちているような所も多かったが、降りてきたばかりの城の全容が丘の中腹に聳えて見える。

600年以上の歴史を誇るドイツ最古のハイデルベルグ大学は外観を見るのみ。かっての学生牢はショップになっている。マルクト広場へ行ったがこの日のクリスマスマーケットの準備中であった。メリーゴーランドも見える。

土産店に案内された。白ワインに興味があって説明を聞いてからいろいろテースティングしてみた。アルコールには弱く普段殆ど飲むことがないので関心も薄かったが、夫が白ワインの「アウスレーゼ」が好きで土産にと思って眺めていた。少しずつ試飲していくうちに、飲める!おいしい!私に飲めるワインに出会った!と新しい発見をした。甘さに騙されてすすんだのかもしれないが、アルコール分を感ぜず口当たりのよさに小躍りせんばかりに感動していた。“デイリーワインでなく特別な日に飲むといいですよ”と言われた「貴腐ワイン」、「アイスワイン」の味わいは格別であった。ホームデリバリーで注文した。ワインの詳細については後述)                                      

昼食後ギーデンヘ行きテディベアの名門、「シュタイフ博物館」を見学した。

ここからシュトゥットガルトまで2時間要した。チェックインを済ませると直ぐクリスマスマーケットへ出かけた。雨も小止みになっていた。

シュトゥットガルトのクリスマスマーケトは400年の歴史を誇る南ドイツ最古のクリスマス市である。新宮殿の前の広場から旧宮殿横のシラー広場、マルクと広場まで200以上にスタンドが並ぶ。中央駅からケーニッヒ通りに差し掛かるとグリューワインや焼きソーセージの屋台が見え始める。イルミネーションの輝きでマーケットの位置はすぐわかり、一帯は一大光のゾーンとなっている。特設のアイスリンクも設けられ、子供や親子らしい人たちが寒さにもめげず転んだりしながら楽しそうに滑っている。ギャラリーもリンクの周りを囲んでいる。吐く息も白く見える。

シュトゥットガルトのクリスマスマーケットの特徴は、それぞれのスタンドの屋根の上に独特の装飾が施されていることである。趣向を凝らした飾りつけは動くものあり、光るものあり、色、形も変化に富み、興味を誘う。売られている品物も気懸かりだが、初めて見る屋根の飾り付けの美しさに目も気も釘づけになり足が止まった。クリスマス飾り、プレゼント、人形、季節のお菓子を売る屋台が並ぶ。旅人や地元の人が入り交じって急ぎ足で買い物をする人、焼きソーセージを食べたり、グリューワインを楽しむ人、それぞれにクリスマスマーケットを陽気に楽しんでいる。
伝統と風習、音楽
(コーラスやストリートミュージシャン)、色、香り、クリスマスキャンドルの灯りは旅情を掻き立てられ、ロマンティックな気分に出会える。おとぎの国、光り輝くメルヘンの世界へ誘い込まれていくような錯覚をする。

クリスマスグッズのみならずありとあらゆるものが売られている。初老のご婦人の店で手作りのクリスマスケーキを買った。「シュトレン」と呼ばれるものでレーズンなどのドライフルーツがいっぱい詰まってどっしりとして重たいケーキで上に粉砂糖がたっぷりかかっている。薄めに切って食べるが一切れでおなかがいっぱいなるくらい密度の濃いケーキ。市は8時ごろ閉まるが、あっという間に2時間ぐらい過ぎてしまった。

その後マーケット近くのレストランで夕食をしたが、帰りはホテルまでの一駅地下鉄にも乗った。

有料(30セントユーロー)の公衆トイレは面白かった。
最初使い方が呑み込めずにいた。外観は円形で電話ボックスと見間違いそうである。中は1人分のスペースしかなく密室のようで、料金を入れた後はすべてオートメーションで作動する。ドアが閉まり用足し後の水洗が終わらないと次の人が料金を入れても開かない仕組みになっていた。冷え込む夜のマーケット近くで目に付きやすい形(円形)と場所在りあり難い。合理的に(いかにもドイツらしい)できていると思うが、バス停近くで人通りの多い中にあり、一人の時だと入るのにちょっと抵抗がある。(食事時の人にはゴメンナサイ)


4日目シュトゥットガルト〜ネルトリンゲン) 

ホテルを8時30分発                                  

シュトゥットガルト市内観光。昨夜散策したクリスマスマーケット近くの旧宮殿(ルネッサンス様式の建物で州立博物館として公開されている)新宮殿(一般公開されていない)の外観見学と写真撮影をする。朝見るマーケットは閑散として昨夜の光り輝くさんざめきは何処に。夜ともなればまた人出で賑わうのだろう。

陽が差したり、どんよりと曇ったり冬の空である。

その後「ノイシュバンシュタイン城」のある「ホーエンシュバンガウ」ヘ向けて発つ。

最初バスはミュンヘン方向へ走っていたが、緩やかな上り坂に差し掛かる頃から雪景色に変わってきた。アウグスブルグあたりでロマンティック街道を南下するルートになった。

雪はますます強くなり吹雪、あたり一面銀世界である。ホワイトクリスマスのイメージが膨らみ現実のものになってきた。南の鹿児島では見られない雪のシーンである。珍しい光景である。「キタキツネがいるのじゃ?」と聞こえてきたが、さしずめ北海道ではそうだろうとおもった。窓ガラスに頭を付けるようにして、窓越しに飽くことなく眺めたりデジカメを押し続けていた。霧氷とも樹氷とも判らないような樹木が車窓から流れていく。雪をこんなに纏めてたっぷり見ることは初めてである。

フュッセンも雪景色。ところどころ、壁にフレスコ画を描いている家が見受けられる。
ロマンティック街道の終点で夏場はユングラウヨッホへの登山電車口で賑わうのであろう。冬期に雪深いところへ旅する人は少ないのだろう、あまり人影もない。

ホーエンシュヴァンガウに着いて、昼食。目の前にルートヴィヒ2世が幼少期を過ごした「ホーエンシュヴァンガウ城」が見える。山吹色の城は雪を綿帽子のように被って美しい。

昼食後ノイシュバンシュタイン城へ徒歩で登ることに。雪は激しくなり足元も心配である。
行けるところまで行こうと思って歩き始めた。吹雪いて見通しも悪く先を行く人を見失いそうである。ツイード生地のコートは雪の水分を吸ってずっしり重たくなってきた。20分ぐらい歩いたところに売店があった。ここからさらに坂を30分ぐらい登るという。城への入場時間も決まっており、自分のペースで上っても間に合いそうにない。呼吸も乱れ手足もかじかんできたので数人の人と引き返すことにした。
ここから女性御者の二頭立ての下りの馬車に乗って麓へ降りた。連れ4人のうちノイシュバンシュタイン城まで辿り着いたのはMさん一人であった。結局ルートヴィヒ2世ゆかりの「ノイシュバンシュタイン城」見学は叶わず残念であった。ここは夏シーズンに来るところである。

今日の宿はロマンティック街道のほぼ中間地点の「ネルトリンゲン」である。ホーエンシュバンガウからロマンティック街道を北上する。

ネルトリンゲンはロマンティック街道3番目の城壁の街である。1500万年前の隕石の落下でできたリース盆地に、ほぼ正方形の城壁を築き上げた街。16の城門がそのまま残る城壁は中世都市の面影を残す。全長3キロで歩いても周れる。宿泊客以外のバスは城壁内へ入れない。夜着いて翌朝出発したので街は見ることができず残念。

 車窓から           一面銀世界で、吹雪いていた。     
「ホーエンシュヴァンガウ城」 遠方に「ノイシュバンシュタイン城」が見える。
ローテンブルク 

マルクト広場のクリスマスマーケット
木組みの家が見事である。
昼間は子供連れも多い。
  ローテンブルク名物のお菓子
    〜シュネーバル〜


 雪球という意味の揚げ菓子
 クッキーのようにな歯ざわりの生地に粉砂糖をまぶしてある。
チョコがけなどもある。日持ちする。
ヴュルツブルクの「レジデンツ グリューワインのマグカップ


5日目(ネルトリンゲン〜ニュルンベルグ)

さらに北上して一路ロマンティック街道のハイライトであるローテンブルグへ。今日のバスの走行距離は370キロ。1日中バスに乗っているようなものである。

朝から雪景色で激しく吹雪いている。バスのまん前を除雪車が走っている。道幅は広くないが車窓の左右に見える家並みはいろいろなクリスマスの飾り付けがしてある。星ひとつの灯りのシンプルなところもある。遠くに見える小さな集落は雪の真綿にくるまれたように霞んでいる。2時間ぐらいしてローテンブルグへ到着した。雪も小止みになったが道路は雪水でビチョビチョになって歩きにくい。

タウバー渓谷の高台にあるローテンブルグは、おとぎ話に出てくるような美しい街。

ロマンティック街道一の城壁の町で、色とりどりの塔、軒先に飾る芸術的な鉄看板など見て歩くと楽しい。街の中心にある市庁舎、木組みの家、ヤコブ教会の外観を見て、周辺のクリスマスマーケットの屋台や店を覗いた。こじんまりしたマーケットだが、夜の雰囲気と違い子供連れも多い。市庁舎前の広場で大人はグリューワインで温まり、子供は雪の中を元気よく走り回っている。クリスマスが待ち遠しいのだろう。時間がなく端折って見ただけでは物足りない。ここは宿泊してゆっくりと自分の目と脚で見て周りたかった。

昼食後ロマンティック街道の起点「ヴュルツブルク」へ。一般には、ここを起点にアルプスの麓の街フユッセンまで全長350キロ南下して行くコースである。今回は逆コースを採っている。

ローテンブルグを発ち30分ぐらい走ると道路は乾いている。雪は止んでいるが、目に飛び込んでくる家並みとなだらかな丘陵の積雪の遠景は見事である。

4時過ぎにヴュルツブルクに着いた。

車窓からマイン川に架かる「アルテマイン橋」が見える。16世紀半ばの創建で、石造りの橋としてはドイツ最古の一つとされる。ガイドの説明のとおりプラハのカレル橋に形状がよく似て素晴らしい景観である。ブドウ畑も多くここは「フランケンワイン」の主要生産地で、ボックスボイテルという独特の形をしたワインボトル発祥の地でもある。

ここではユネスコの世界遺産に登録されている「レジデンツ」を見学する。現地スタッフガイドの詳しい説明と案内で宮殿内を見学した。

【レジデンツ】(世界遺産)
17世紀後半、ドイツは小国家に分裂していた。領主たちが富や権力を競い芸術的な豊かさを追求した。聖職者である司教が領主として君臨した司教座都市には荘厳な装飾で満たされたバロック建築の傑作が数多く誕生した。一流の建築家、装飾家、画家が領主の下に集まり個性をぶつけあった。ヴュルツブルク領主司教の館は、建築家ノイマンの設計によるバロック建築の傑作である。1720年着工、1744年完成。

内部に入り、緩やかな主階段を上る。踊り場で180度方向を変えると突然視界が広がる。ここが有名な「階段の間」である。壮大な空間である。平たいドーム型の天井には1本の支柱もなく世界最大のフレスコ画が描かれている。この天井画はヴェネツィアの画家ティエポロが13ヶ月で仕上げたという。4壁面には「ヨーロッパ」「アフリカ」「アメリカ」「アジア」の四大陸のイメージが描かれている。アーチ状の天井には天空を舞う女神が描かれているそうだが、現在その部分は修復中で布に覆われてみることができなかった。
2F「皇帝の間」のフレスコ画も見事である。同じくティエポロのフレスコ画。さらに奥に「鏡の間」があった。黄金の装飾とヴェネツィア製の鏡で四方を埋め尽くしてある。「鏡の間」は修復が済んだばかりで今回見学でき幸運であった。かのナポレオンもこの館を「ヨーロッパで一番美しい司教の住まい」と感嘆したとか。有力貴族が司教職を独占するようになり、贅を尽くした宮廷生活が営まれていたのだろう。貴族とその貴族に庇護された芸術家たちの創造力の結晶「レジデンツ」に圧倒されるばかりであった。

見学後一路ニュルンブルクへ。

6時前にホテルに着きチェックインしたらすぐクリスマスマーケットへ出かけた。人出が少ないと思いながら歩いていると日曜日でデパートも閉まっている。15分ぐらい歩いていくとマーケットの広場が見えてきた。ニュルンブルクは世界一有名なクリスマスマーケットといわれており期待していた。屋台の数は多いがテント張りのものばかりである。シュトゥットガルトのような屋根飾りはなくクリスマスの雰囲気には欠ける気がした。
ここでのお目当てはニュルンベルガーソーセージを食べることとグリューワインを飲むことである。ソーセージは炭火で焼いてパンに挟んで渡された。マスタードをつけて食べたがソーセージはおいしい。ソーセージを焼く煙が燻る中での立ち食いである。グリュウワインは赤いブーツ型のカップを選んだ。温めたワインを飲むのも初めて、香辛料が入っている味は馴染みがなくおいしいとは思わなかった。カップはしっかり持ち帰った。人出が多い。アルコールを飲みながら歩く大柄のドイツ人男性の中に入ると谷間にいるようで連れにも逸れてしまいそう。写真も撮れそうにない。

通りの中に入ることはやめて近くのレストランに入って夕食(この日の夕食はフリー)をした。ドイツ語だけだと心配でガイドさんにhelpしてもらった。あまりいい食事に出会ってなかったのでデミグラソースのパスタ添えはおいしく食べた。


6〜7日目(フランクフルト〜帰国)                                                             

9時までにフランクフルト空港に着く必要があり、ホテルを早朝6時に出発。

チェックアウトを済ませフロントにいると、赤い紙ボックスが置いてあり声をかけられた。連れの一人が手で要らないのサインを送った。彼女いわく「ローマの高級ホテルのロビーでもエセカメオを売りに来たじゃない。クリスマスケーキなど買ってどうするの?」

しばらくして「ブレークファースト」といわれて受け取った。赤いボックスだったので勘違いするのも無理はないと大笑いになった。クリスマスシーズンだから赤いボックスだったのだろうか?

バスは朝霧の中を走り車内は暗く外は霞んで見えない。8時ごろ朝焼けの空になった。

ランチボックスを開けてびっくり。5〜6センチ長さの輪切りのきゅうり、1/2カットのトマト、サンドイッチも無造作にハムとチーズを挟んだだけ、まことに大雑把である。食べるというよりかじる感じである。野菜・果物いずれも新鮮である。

11:15フランクフルト発、ウイーンへ。

外は雲のじゅうたんである。雲が過ぎると降雪後の景色である。集落から丘陵地に向かってブドウ畑が刷毛目のようにくっきりと見える。ウイーンに近づくと機上からも雪は見えない。ドイツは寒かった。

ウイーンでは乗り継ぎ時間がほとんどなく、復路は10時間半ぐらいの飛行時間であった。

翌朝、日本時間:12月21日午前9時に関空着。

鹿児島への乗り継ぎ時間が十分あり、空港内で昼食を摂った。一様に「そばを食べたい!」

夕方我が家へ無事到着、お疲れ様でした!

ドイツはブドウ栽培の北限に当るため、日照時間に制約を受ける赤ワイン用のブドウがあまり栽培されず、生産量の85%が白ワイン。厳しい条件の中で育てられるぶどうは大地の養分をしっかりと吸収し、気品のある甘味と酸味のハーモニー・バランスがよく、素晴らしく優雅でデリケートな香り高い白ワインを産出している。

ワイン選びはその味わい、格付け、産地などによっていろいろである。ドイツの白ワインに限定して述べる。

【味わいでは】

TROCKEN(トロッケン)辛口、HALBTROCKEN(ハルブトロッケン)半辛口、SUESS(ズュース)甘口の3種類から選ぶ。

白ワインでは次の品種が使われる。

Riesling(リースリング)・・・高級ワインで多少酸味があってフルーティ。

Silvaner(シルヴァーナー)・・・味も香りもすっきりと軽い。

Mullerthurgau(ミューラー・トゥルガウ)・・・上記2種を交配した品種で、最も多く栽培されている。

肩書き付きの上質ワインは、一滴一滴が宝石のような貴重なワイン。特別の日や、食後など、くつろぎの時にゆったりと味わいたい。デザートワインにも。飲み頃は購入時から長期熟成(5〜10年)が可能だが、デリケートなワインなので温度と湿度の管理にも注意が必要。

糖度17.5 度以上のぶどうからつくられる肩書き付き高級ワインは以下の6段階に格付けされる。

【格 け】 

Trockenbeerenauslese(トロッケンベーレンアウスレーゼ)(極甘口白ワイン)

貴腐ワイン

貴腐菌が付着、または過完熟して干しぶどう状になった顆粒のみを収穫。数年に一度、ほんの少ししかできない宝石のように希少なワイン。

【Eiswein(アイスワイン)(極甘口白ワイン)

アイスワイン

完熟して凍った顆粒を収穫。冬まで収穫を待ち寒気で凍結した顆粒を絞ってつくる貴重なワイン。気象条件が揃わなければ造れない年もある。

Beerenauslese(ベーレンアウスレーゼ) (極甘口白ワイン)

粒選りぶどう 完熟したあるいは貴腐菌のついた顆粒のみを選んで収穫し造られる。

 飲み頃:購入時〜長期(10〜20年)

Auslese(アウスレーゼ)(甘口白ワイン)

 房選りぶどう 十分に熟したぶどうの良い房を選んで収穫。風味とコクが増す。

 飲み頃:購入時〜5年程度

 フレッシュでフルーティーな味わい食事ともよく合う。

Spatlese(シュペートレーゼ)(甘口白ワイン)

 遅摘みぶどう 平常より7日以上遅い収穫。風味が増す。

 ハルブトロッケン(中辛口)、トロッケン(辛口)

 さっぱりした味わいは、和食と相性が良く、フルーティーな芳香がおいしさを広げる。

【Kabinett(カビネット)(甘口白ワイン)

 キャビネット 戸棚に隠しておくほどの秘蔵のワインの意。通常の収穫で造られ、

        最もスタンダードなタイプの高級ワイン。食事ともよく合う。

【産 地】

ドイツワインの産地はライン川とその支流の川沿いに集中しておりブドウ畑が広がっている。高級ワインが造られるラインがウ、最大のワイン産地ラインヘッセン、東側のフランケンなどラインワインと総称される。12月で収穫後のぶどう畑の斜面を見るだけだった。


グリューワイン

寒い冬、特にクリスマスシーズンに欠かせないのがグリューワイン。赤ワインにさまざまなスパイスを入れて飲むいわゆる「ワインの熱燗」。どこのクリスマスマーケットでも登場するのが「グリューワイン」でマグカップで飲む。各町にオリジナルのマグカップがありその年の年号が書かれている。カップは返却すればお金が戻ってくるシステムだが、気に入ったらそのまま持ち帰れる。この時期のドイツはとても寒いので暖かいグリューワインを飲むと体が中から温まる。


あとがき

  • クリスマスマーケットの雰囲気は十分に味わえた。クリスマス前後の日に市中に滞在して街を見たり人々の過ごし方を知りたい。

  • ドイツには通商、文化、宗教を培ってきた7つの街道がある。(ロマンティック、メルヘン、ゲーテ、エリカ、アルペン、ファンタスティック、古城)機会があればほかの街道や他の都市も訪ねてみたい。

  • ロマンティック街道は冬以外のシーズンに行くべきと思った。

  • バス乗車の時間が長くその分現地滞在時間が短かすぎた。フリー時間が殆どなく、もう1〜2日泊要するようなスケジュールであった。

  • ドイツ料理はおいしくないといわれているが、ツアー旅行では仕方ない。時間に余裕があれば自分で食べに出かけられた。ポテトが主食の国にしては旅行中あまり出てこなかった。ハム類は風味がよくおいしかった。朝食では好んで食べた。

  • 自分に合うワインに出会えたこともこの旅の収穫。戻って毎日飲んでいる。(アルコールには弱くのん兵衛ではありません)

  • 天候には恵まれなかった。出発前ネットでドイツの天候を見た。行く先の気温がマイナスになっており寒さは承知していた。冬とはいえ雪深い地域で驚いたが、一足早いホワイトクリスマスのシーンを堪能でき、クリスマスマーケットと併せて満足する旅であった。                                       2005.1.8

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